公益社団法人 日本海員掖済会 宮城利府掖済会病院

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【第19号】医療界のソムリエ

 『今日は、疲れているので重くないワインを』というと、『この白はうまいっすよー』といって出されたのが『ぺザック レオニャンの白』(フランス ボルドー地方の白ワイン)。適度に樽香で適度に酸味、ソーヴィニヨン ブランのハーブ香もあり香りも複雑。『うーん、今の自分にはぴったり』と思わずうなってしまった。 客の嗜好をすばやく察知し、『にこやかに』対応するソムリエの仕事...。医療もこうありたいものである。後期高齢者(75歳以上)の医療制度の変革が取りざたされる今日この頃、一内科医としても、ソムリエが客の好みにあったワインをセレクトするように、後期高齢者(75歳以上)の患者さんや家族の方の希望や病状に応じて適切な医療や介護を『にこやかに』おすすめする『医療界のソムリエ』でありたいとは考えている。

 しかし『医療界のソムリエ』の道は険しい。第一に後期高齢者用の『ワインセラー』(=退院後の受け皿)には、客の好みに応じた『ワイン』(=医療機関、介護施設)が揃っていない。『レストランオーナー』たる厚生労働省は、『ワイン』調達の資金がないといって、お客さんが希望する『特養、長期療養型病床』などの『村名ワイン』(やや高級のワイン)をあえて用意せず、『在宅』という『ヴァン ド ペイ』(廉価のワイン)ばかり用意しようとしている(『在宅』がレベルの低い医療であるといっている訳ではない。ローコストであるというだけである。念のため。)全介助、胃ろう造設後などの患者様には、『在宅』=『ヴァン ド ペイ』は合わず、『特養』『長期療養型病床』=『村名ワイン』にならざるを得ないが、『医療のワインセラー』には『村名ワイン』=『特養』の在庫はなく『ヴァン ド ペイ』=『在宅、介護施設』しかない。『特養』の『納品』は数年後なんてこともしばしばであり、お客さんの希望に合わない『ヴァン ド ペイ』をおすすめする以外にない。『このワインうまいっすよー』ではなくて『このワイン(=介護施設、在宅)しかないんですけど、これでいいですか』という説得が医者の仕事なのである。ソムリエ諸氏のように『にこやかに』対応というわけにはいかない。どうしても『ヴァン ド ぺイ』(=介護施設、在宅)が口に合わず料理も注文せず、『ワイン』も飲まず、ひたすらテーブルに座っておられるいわゆる『社会的入院』の方々に丁重に退院をお願いするのも医者の仕事である。やはりソムリエ諸氏のように『にこやかな』対応というわけには行かない。

 『医療界のソムリエ』の道が険しい理由のその2は、病院がレストランのような予約制ではなく、医師の処理能力や時間、都合とは関係なくどんどん仕事が入ってくることである。ちょうど穂高のかつての涸沢ヒュッテを思い浮かべればよい。涸沢ヒュッテをはじめとする山小屋では、遭難防止のため宿泊したい人は全員宿泊させるため、6畳間に20人宿泊という状況であった。医師の業務も同じである。医師にしかできないという理由で、入院、管理業務、不時診察、往診、処方、書類、症例登録、臨時の遅番...これらの業務(攻撃?)はこちらのスケジュールや処理能力とは関係なくやってくる。急変は夜間でも毎日のように起こる。夜襲さながらである。ソムリエ諸氏のようにスーツを着て『にこやかに』『いらしゃいませ』というわけにはいかない。『気分は戦争』である。ということで最近シャツやズボンは軍服様にし、陸上自衛隊使用モデルの腕時計を購入し軍隊気分で仕事をすることにした。『医療界のソムリエ』は『軍服を着た元ソムリエの軍人』とならざるを得ないのである。

 しかし状況が『戦争』であるとはいっても、軍隊調で仕事をすると病院内の職場の人間関係が悪化し診療に支障をきたす。『軍服を着た元ソムリエの軍人』ではだめなようである。『酒に酔いながら』戦う、ジャッキーチェンの『酔拳』のようなやわらかい戦い方でないと医療はすすまないようなのである。ということは『医療界のソムリエ』は、『酒に酔った元ソムリエの軍人』とならざるを得ないことになる。しかし診療中に酒を飲む訳にもいかない。

 『酒に酔った元ソムリエの軍人』類似の状態になる近道は『コブラ』かもしれない。ヒップホップの師匠に教わった『コブラ』という踊りがある。胸を突き出すときに右肩を下から上に回し、胸をへこませる時に左肩を上から下に回すという踊りである。あたかも胸がゆれているように見えるこの踊りをやっているとだんだん怒りや緊張やプライドが溶けてなくなり、あたかも酒に酔ったような感覚になる。さすれば目指すべき『医療界のソムリエ』は『コブラを踊る酒に酔った元ソムリエの軍人』となろうか。しかし、『コブラ』を踊っている挙動不審者では、ソムリエのイメージには程遠い。ソムリエなら背筋をピント張って優雅な挙動でなくては・・・。やはり私が『医療界のソムリエ』になるのは難しいようである。

発行日:2008.01.15